ひとりよがり

無気力美大生を経て社会人となったデザイナーの独り言

就活に失敗した美大生、大学院へ行く

就活に失敗し、大学院へ行くことになった。

内部進学かつ進学希望者数も少ないということで、かなり優遇された状態での試験だったと思う。

デザイン系の学生で大学院へ行く人はかなり少ない。
卒業後すぐに就職する人が大半である。
学費が高いし、勉強より早く世に出たい!という人が多いためだ。


就活に失敗した理由は、デザイナーを目指すか教師を目指すかで迷ったためである。

私はデザイン科生ではかなり珍しいと言われる、教職課程を履修していた。

デザイン科生で教員免許を取る人はほぼいない。
デザイナーになりたくて入学するのだから、当然かもしれない。
おそらく彼らの多くは、美術の先生は日本画や油画科生などのファイン系がなるものだと思っている。

私も入学当初は、教師は今時肩身も狭くなってきているし、何より中学生や高校生の面倒を見るなんて自分には無理だと思っていたので取得するつもりはさらさらなかった。

しかし両親から勉強はできるうちにやっておくもの、取った方が後々役に立つからと説得され、反抗する気概もなかった私はとりあえず始めてみることにした。
そして親との約束という義務感から途中で辞めることもなく、最後まで続けてしまった。

私は基本的に強制されないと取り組めないタイプの人間なので、結果的には色々勉強できたし良かったのかもしれない。


デザイン学部では1、2年の基礎課程を終えると、3年次からはコースが選択でき、自由に取り組める課題が増える。皆それぞれ自分の好きな分野、得意な分野へと分かれていく。
ここで私は戸惑うことになった。

教職課程で一番忙しいのは1、2年次なのだが、デザイン科の基礎課程と合わせると毎日フルコマ近く授業が入っていた。
学校に行くだけで精一杯で、3年次からのことを全く考えていなかったのだ。

3年次のコース分けでは、足切りがあるわけでもなく自分の入りたいところに入れる。特に準備の必要もなく急かされることもないため決断を先延ばしにしてしまった。
今思えば忙しくてもしっかりと授業外の時間で考えておく必要があったと思う。

教職課程の忙しさを言い訳に、自分の将来についてどうするのか決めかねていた私は、いざ好きなコースを選んでくださいと言われてもどうしたらいいか分からなかった。

皆にとってはようやく2年の長きにわたる修行期間を終え、やっと好きなことができるという歓喜の時だったと思う。

しかし私は焦る気持ちのまま決められず、取り敢えず職に結びつきそうなコースを選ぶことにした。

その取り敢えずが良くなかった。

3、4年次は選んだコースを変えられず、卒業制作まで進むので、コース選択はかなり重要な分かれ道である。

それぞれ授業のやりがいはあったが、いまいち思うように手が進まず、納得する作品を作れないまま4年生を迎えることになった。

就活がスタートし、教育実習も迫ってくる中、制作が上手くいかず自信を失っていた私は、教師を目指した方がいいのではないか?という思いを抱き始めた。

課題を残さず出す、期限を厳守する、など《ルールを守ること》には努力できるタイプだった自分は、柔軟な発想が求められるデザイナーよりも教師の方に適性があるのではないかと思うようになった。

そんな思いを抱えながら教育実習に臨み、母校の教師からは先生に向いていると告げられ、また友人や家族からも同じようなことを言われるようになってからは、ますます気持ちが揺らいだ。

しかし「心底望んでいたかどうかはともかく、デザイナーになるために美大のこの学科に入ったのに…」という未練の気持ちも、自信を失っていた心の隅に小さく存在していた。

この2つの板挟み状態はいつまでも続き、結局会社は数社受けたもののうまくいかず、また講師の誘いも断ってしまい、あっという間に時間だけが過ぎ去ることになった。

そして見かねた両親から院行きを勧められ、今に至る。


決断能力の低さは、意志の弱さから来ている。

教員免許を取っていたから就活に失敗した。

そう言い訳をしているが、本当は、好きなことがない、分からない、無気力な自分自身が理由で失敗したのだと思う。

あと2年間で変われるだろうか。